認識の限界

暗号通貨への投資が、元本の3倍以上の利益(含み益)をもたらしている。この場合、投資というより投機なのだが・・・
この一連の活動を通じて、実質的なリターンより、これをきっかけに得られた知性のほうが重要だ、ということを理解した。

一定の成長率を維持(ほとんどのケースで不可能)

投資の一環として、アルゴリズムを組み、アービトラージも行っている。これは日利平均 0.6%の利益を計上している。複利的に考えれば、これを継続していると数字は急速に拡大していく試算になる。たとえば下記は、元本100万円が、アービトラージ1ショットで100万円づつ増加する場合と、1ショットに1%づつ増えていく場合の成長率の比較だ。

a(1+r)^n=b

652ショット目をこえたあたりから資産は逆転し、その後の成長は固定増加を無視できる規模になる計算になる。

しかし、現実はこうならない。現実世界は複利に耐えられないことがほとんどだからだ。複利(それはお金に限らない)は周囲にゆがみを与えるほどの影響を与え、そこでその発展は止まってしまうようにできているようだ。

今回の例で言えば、アービトラージで実施される取引額が拡大していくにつれ、俺たちの取引自体が市場に影響を与えてしまうラインが来る。

どこに投資する?

複利によるリターンは驚異的であり、どの分野に対する時も十分に計算する必要があると学んだ。どうやら複利を感覚的に試算する力は人間に備わっていないので(一部の天才にはあるのかもしれない)、計画を立てることが重要だ。

一方で、物質世界において複利的な成長が続かない事は、歴史を見ても明らかだ。と、すれば、複利のメリットを最も多く享受できる分野は、現実世界ではない。それは、頭の中だけに存在する類のものだ。

例えば、経験への投資によって得た知性という複利は、その原則から言って指数関数的に増加し、また限界が来ることはない。ヒトに限って言えば、実質的なリターンより、それをきっかけに刻まれる経験のほうが、その先遥かに大きな存在になる。